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こんにちは、たこです。
しばらくぶりで、ございます。

前回の更新の翌週末に、上の娘がロタウイルスに感染しました。

運悪く重症化してしまい、発症後何度か、痙攣を起こしたので、救急搬送され入院するという事になりました。

1週間入院して、先週、元気に退院して参りました。お世話になった皆様、応援してくださった皆様、ありがとうございました。

入院中の様子も、バッチリ動画に納めていますので、記念にご覧ください。(楽しい動画では無いのでご注意を。)


さて、今回の子供の入院イベントについて、発生からの経過を書いてみます。

金曜日の朝7時30分ころ、嫁から電話がありました。「娘が繰り返し、痙攣を起こすので、救急車を呼びました。場合によっては入院する事になるかも」とのこと。

その時、弁当を作りながら、出勤準備をしていたのですが、状況が分からないながら、すぐに栃木に帰る方向で準備。

もともとこの日の夜には、栃木に帰る予定でいたので、部屋を留守にする準備は、昨夜中に済ましていたので、すぐに部屋を出ることができました。

栃木に向かう新幹線の中で、嫁から「入院する事が決まった」と連絡を受けます。宇都宮で東武線に乗り換え、自宅最寄り駅まで向かいました。

駅について、電車を降りるとき、手荷物を車内に忘れてしまいました。普段では考えられないミスでした。やはり、娘の入院ということで、緊張していたのでしょう。

このミスのお陰で、「今は緊張した精神状態である」事を、しっかりと認識できました。この後からの行動は、慎重に安全な行動を心がけようと、しっかりと思いました。

いったん自宅まで帰り、車を取って、電車に忘れた手荷物を、栃木駅まで取りに行ってから病院へ。荷物が遠くまでいかなくて、助かりました。

病室は個室で、隔離されていました。部屋にはいるには、マスクをして、緑色の割烹着のような使い捨てエプロンを着る必要がありました。看護師のかたも、部屋にはいる度に、エプロンを着てゴム手袋をして、世話をして、エプロンとゴム手袋を捨てて退室していました。

部屋の中には、檻のようなベットがあり、そこに娘が寝かされていました。薬が効いているようで、この日はずっと眠っていました。

娘をこんな状態に追いやってしまった事が、とても申し訳なく感じました。「これも親心か」と、親としての新しい扉を開いた気がしました。

嫁と付き添いを入れ替わり、嫁は入院の準備や、お泊まりセットを用意して、実家に預けていた下の娘を連れて、戻ってきました。

自分は下の娘を連れて、自宅へ帰宅しました。この日から、下の娘との二人暮らしが始まりました。

翌日も、昼から夕方まで、嫁と入れ替わりしました。自分は、久しぶりに起きている娘に会えると、ウキウキして病院に向かいました。しかし、娘の反応は、号泣しながら「ママがいい!」「パパ、あっち行って!」というものでした。

そんな冷たい娘の反応に、自分はなんとか気を引こうと試みるのですが、お菓子やジュースは与えてはいけないし、スマホで遊ばせようにも、「いらない!」と投げてしまう始末でした。

嫁と入れ替わるたび、泣きつかれて眠り、起きて、また泣くというのが、2日目から4日目まで続きました。

5日目、ようやく笑顔を見ることができました。色々とほっとしました。

以降、嫁と入れ替わることなく、入院生活は続き、その時には「パパがいい」「ママあっち行って」って、ワガママ言ってたそうです。思うに、不安なときに必要なのはママで、退屈なときに必要なのはパパなのでしょう。

そして、8日目。娘は退院することができました。久しぶりに立って歩くのと、久しぶりに靴をはくのとで、娘はフラフラしながら部屋から出てきました。

久しぶりに家族四人が勢揃いしたのは、とても嬉しかったです。

しかし、このロタウイルスは下の娘にも感染しておりました。後々、調べて知ったことですが、感染率が猛烈に高く、ほとんどの人が感染する物だということでした。

上の娘の発症後の翌日には、下の娘も発症しておりました。下の娘は下痢をしているのに、とても機嫌良くしておりました。それには、とても救われました。人によって、症状はこんなに違うのかと、かなり驚きました。

娘二人が感染しているので、洗濯やオムツ換えなど、物凄く気を遣いました。除菌も徹底的に行い、しばらく家の中は漂白剤とアルコールの匂いが充満しておりました。

上の娘の退院後も、下の娘の下痢が続いていたので、自分はそこらじゅう除菌スプレーしておりました。それを見ていた娘が「ワタシもやる!」ということで、



すっかり、オモチャになりました。(中身は水です。)

元気に遊ぶ姿を見て、自分の心もキレイに除菌されるようでした。

そして、無事に仕事へ復帰できて良かったです。仕事を長く休むのは、精神衛生上良くないです。もう休みたくないです、ほんと。みんな元気で行こう!

お世話になった皆さん、ほんとに、ありがとうございます。
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みなさん、こんばんは。たこです。
長らくご無沙汰しておりました。

サイトの絵を描いてくださってる、たねぱんだ先生が、6/1の23時ころ、無事に女の子を出産されました。おめでとうございます。母子ともに健康だということです。赤ちゃんの名前はまだ決まっていないそうで、ご夫婦でゆっくり考えられるそうです。

根掘り葉掘り聞きたいことがいっぱいあったのですが、産後にアレコレ聞くのもアレなので、もう少ししたら、たねぱんだ先生にまとめて質問状をお送りしたいと思います。

予定では、5月中に生まれると聞いていましたが、少し遅れての出産だったそうです。なかなか連絡ないので、ソワソワしながら連絡を待っていたら、6月になっていましたね。

本当、おめでとうございます。これから忙しくなるだろうけど、頑張ってください。


さて、先週の週末は、上の娘の幼稚園参観がありました。
娘を連れて、幼稚園に行って3時間ほど、部屋で遊んだり歌ったり、工作したり、砂場で遊んだり、体操したりと、盛りだくさんの催しでした。

最初娘は、ぐずったり、わがまま言ったりして、散々困らせてくれましたが、最後はノリノリで楽しんでいたようでした。ボクは人生初めての我が子の参観でしたが、疲れました。もう満足。成長はしっかりと目に焼き付けました。

幼稚園で感じた事なのですが、3歳未満の子供たちでも、団体行動ができるということに、本当に驚きました。先生の言うことを聞いて、みんな揃って行動する姿は、家では絶対に見ることはありません。

我々人間は、集団で生きる生き物だと、改めて感じた瞬間でした。弱っちい人間が生き残れたのは、集団だったからこそなのです。認め合って、助け合って生きてきた(たぶん)。それは、子供の頃から持っている性質なはずです。持っていない子供は生き残る事ができなかったでしょうから(たぶん)。

ボクらの世代は、個性だとか、生活的な意味での自立(独り立ち)がなどが、声高に叫ばれていた時代だったような気がするけど、あれは、絶対に間違いだと思っています。(核家族化もその一つ。)いたずらに、人との距離を離してしまっただけだと思います。

子供たちは大きくなっても、この時のように仲良く助け合って生きていって欲しいです。

人と同じことができなくてもいいです。
得意な事がなくてもいいです。
自分の好きな事を見つけて、みんなと生きて欲しいです。
それが許される時代であるし、その時代が続いてほしいです。


・・・とか、参観日に行って思いました。


4月7日に、娘が産まれました。

予定日よりも2ヶ月も早い出産でした。1600グラムの未熟児です。

母子ともに元気です。

母親はすでに退院しておりますが、子供は40日~60日入院する予定です。

突然の事だということもあり、相当にドタバタでしたが、徐々に落ち着きを取り戻しつつあります。

新しい家族を紹介できるのは、まだ少し先ですが、ご報告させていただきます。
3歩程ですが、嫁と友人の前で歩きました。ここに記録しておきます。
娘が、1才の誕生日を迎えました。

支えてくださる皆様のおかげで、すくすくと育っております。
ありがとうございます。
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