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4/17に、お祖母ちゃんが他界しました。ひと言で言い表すなら、僕にとって「無敵のお祖母ちゃん」でした。死んじゃったけど。

97歳でした。まだまだ長生きしそうだったけど、転んで頭を打ったことが原因で、死んでしまったそうです。

97歳にもなって、1人でも動き回ってたそうで、誰もが「たいしたもんだ」と、いっていました。



うちのお祖母ちゃんは、とても独特な声をしていました。気づいたときからそんな声してました。

しゃがれた声で、大きな声でした。いつでも、名前を呼ばれると、すぐに、お祖母ちゃんだと分かりました。

亡くなる3週間くらい前に会った時も、大きな声で話してくれました。

お祖母ちゃんは、目も耳も悪くなってしまっていたから、僕の声はあまり聞こえなかっただろうけど、お祖母ちゃんの声は、とても良く聞こえてました。

もう、あの声で名前を呼んでもらえないのかと思うと、さみしいです。


孫の中では、いちばん遅くまで、お祖母ちゃんに面倒を観てもらってたのは僕でした。お祖母ちゃんの手料理を食べたのは、孫では僕がいちばん多いと思います。

お祖母ちゃんの手料理をコピーしようと思ったけど、がめ煮しか学べませんでした。

ピーナッツ豆腐と、梅酒かんてんゼリーは、いつか再現したい料理です。

お正月やお盆には、ものすごい量のご馳走を作ってくれました。ひと部屋全部貯蔵庫になってました。

お祖母ちゃんは、本当に賑やかなのが大好きだったし、人をもてなすのも、大好きでした。

歳を取って、あんまり体が動かなくなっても、毎週遊びに来る僕の胃袋をどうやって満たそうか、考えてくれていました。

僕のパーティー好きな性格は、お祖母ちゃんに似ているのかもしれません。


僕はお祖母ちゃんに怒られたことは無いのだけど、子供の頃から、お祖母ちゃんは、しょっちゅう怒ってました。大人には色々と事情があったのだろうけど。

僕が大人になっても、お祖母ちゃんは、ずっと僕には優しかったです。

お祖父ちゃんが亡くなってからは、怒ってるところを、ほとんど見なくなりました。お祖母ちゃんは、お祖父ちゃんが大好きでした。大好き過ぎて、腹が立っていたのだと思います。

お祖父ちゃんと、お祖母ちゃんは、老いると言うことを、身をもって教えてくれました。


岐阜を離れて、栃木に行くって決めたとき、お祖母ちゃんは、面と向かって反対しなかったけど、ずっと「さみしか~さみしか~」って、すっごいアピールしてました。

あの時、何度も冗談で「お祖母ちゃんが死んだら、一番に帰って来るから」って言ってたんだけど、お祖母ちゃんが死んじゃうまで、すっかり忘れてました。

あの時は、お祖母ちゃんが死んじゃうなんて、思ってもなかったです。お祖母ちゃんは無敵だと思ってましたから。

死んじゃったおばあちゃんに、孫では一番に会いに帰ろうと頑張った結果、姉弟みんな同着でした。姉弟、想いはみんな同じだもんね。


通夜と告別式は、笑顔と涙がいっぱいで、とても嬉しかったです。

親戚いっぱい集まって、お祖母ちゃんは、やっぱり偉大だったと、あらためて感じました。

本当に孫には優しくて、いつもお菓子やお小遣いを与えてくれて、子供心に怖かったお母んを、ピシャリと黙らせる威厳は、まさに「無敵」の象徴でした。お母んには、面白くないことだろうけど。

お祖母ちゃんの貫禄は、最後まで、すごかったです。お坊さんが「極楽に旅立たれ~」とか仰られた時も、「お祖母ちゃんは、極楽行っても怒ってそうだ」って、笑えました。

早く、やること済まして、お祖母ちゃんに会いに行きたいです。

お祖母ちゃん、また、会いに行きます。もうしばらく、お祖父ちゃんと待ってて下さい。
こんばんは、たこです。

しばしば、こちらでも紹介している、姪っ子ですが、遂に海外でも大会に参加したとのこと。



モンゴルの大会に、招待選手として出場したそうです。

勝った負けたよりも、世界に飛び出して、そこで国際交流を図っている事に、何よりも頭が下がります。

それは、選ばれた人にしか出来ないことであり、そこで、最大のパフォーマンスを発揮することが、今回の目的であり、今後のアスリートとしての本懐なのだと思います。

無事に帰ってきてください。
こんにちは、たこです。

今年こそ、岐阜と大阪に帰ろうと企画していましたが、夏休みのスケジュールが、直前まで決まらなかった為、結局、栃木で過ごすことにしました。
13日~18日までの記録です。

■13日 ゲーム会をしました。
ライフワークとなっている、地元のボードゲーム会を行いました。お盆という時期だけに、参加者は少ないんじゃないかと思っていましたが、30名ちかくご来場くださいました。



■14日 実家でお盆、盆踊り
嫁の実家で、親戚の皆さんと過ごしました。ご馳走いただいてきました。


姪っ子たちと、風船で遊びました。楽しんでもらえたようで良かったです。楽しんでる様子は、動画で公開しています。


夜は盆踊りへ行きました。

とても夏らしい時間を過ごしました。


■15日 ディズニーランド下見
子供二人をつれて、ディズニーランドの入り口まで行ってきました。

子連れでいって、初めて知った事ですが、東京メトロの駅には、エレベーターやエスカレーターのない駅が存在しています。

ベビーカーを押したまま、ホームや駅の移動ができないのは、残念でした。

入り口までだけど、普通に楽しい旅でした。


■16日 友人とゆっくり。
友人を自宅に招いて遊びました。

■17日 台風一過
仙台に帰る予定でいたのですが、台風が来たので、1日遅らせました。お陰で、娘たちと、たっぷり遊べました。
遊んだ様子は、動画で公開しています。
トランポリン、楽しんでもらえて嬉しいです。

■18日
検診で引っ掛かったので、病院へ検査に行ってきました。
肺のCTを撮りました。「異常無し」と言うことでした。良かったです。
こんばんは、たこです。

明日は、お父んの命日ですので、気持ちを書き残しておこうと思いました。

思いのまま書いています。結論も、オチも、何もない文章です。


山の日という祝日になりましたが、自分は普通に仕事であります。ちなみに8/11は、友人の太郎さんの結婚式記念日でもあります。

親になって、親を思うというのは、ちょっぴり恥ずかしいことであると同時に、なんとも誇らしい思いです。

親に感謝すると同時に、親にしてくれた子どもに感謝しています。

子どもを育てるにあたり、協力してくださる皆さんにも感謝です。

自分は、ありがたいことに、子どもを授かりました。でも、自分一人じゃ育てられません。(そもそも、一緒に住めてないし。)

自分にとっての正解が何なのか、まだ分かりませんが、人を思うこと(=考えること)は、止めてはいけないと考えています。

子どもや家族をはじめ、生きている人は、どんどん変化します。なので、全く同じ状況って無いはずです。なので、無意識に変化を感じて考えます。

でも、亡くなった人って、体感的に変化しません。なんたって骨だし。自分は、考えが停止したままになり勝ちです。

思い出と、期待を混ぜ合わせて、「もし生きてたら」なんて想像は、昔は何度もしたけど、最近は、そんな行為にあんまり意味が無くて、

毎日を生きてる中で、普通に訪れる、嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、辛いことを感じたときに、

きっとお父んや、じいちゃんも、この鼓動を感じたんだろうなって思う事の方が、より身近に感じられるようになってきました。歳をとったせいかもしれません。

甥っ子姪っ子たちも、ずいぶんと大きくなってます。それには、とても嬉しくて、涙が出ます。(何もしてないくせに。)

明日は、家族が集う日。行けないけど、思っていますよ。
こんにちは、たこです。
今回は珍しく、遊びまくるお話になりそうです。


8/6に、会社の企画で研修という名の
レクリエーションイベントに参加してきました。

いまお世話になっている会社は、
エンジニア集団ということで、
様々な分野の専門家の方が所属されています。
薬の研究者だったりとか、地質の専門家だったり
エンジンの開発してる人だったり、
専門性の高い人たちが集まっています。

そんな中で、ソフトウェア開発関係のたこ
どちらかといえば、会社の中では異色です。

そんな、まったく畑違いの人々とお話ができる機会は
とても貴重なので、楽しみにしていました。

昼頃に、仙台駅で集合でした。
暑っい・・・。すごい人。
 

この日は仙台のお祭りイベント「仙台七夕」の日でもありました。
圧倒的な人波に揺られながら、仙台駅に向かいました。

会社の仲間数名と合流して、さらに電車で移動。
JR仙台駅からJR船岡駅へ。


そこで、さらに仲間たちと合流して、
車とタクシーに分乗して第一目的地へ。

角田宇宙センターです。


宮城県の南の方に位置する角田市にある、
ロケットの開発実験施設です。



アニメ宇宙兄弟で、にわか宇宙ファンになったたこには
とても楽しい場所でした。

 
※坊主頭がたこ

JAXAの職員の方から、丁寧な解説をしていただきました。
その解説が、とても面白かったです。

心に残ったエピソードのひとつは、
打ち上げに失敗した話でした。

なんで失敗したのかを調べるため、
何をどうやって分析する必要があったのか。
分析するために何が必要だったのか。
たどり着いた結論は何だったのか。

開発者のご年配の方のお話に、引き込まれました。
ロケットだって物作りで、
やってる事は僕らも似たような物なんだけど
宇宙っていう、未知なる挑戦っていうだけで
かっこよく見えちゃう。


打ち上げ失敗した時の、部品の一部。
通常、回収されないものらしいのだけど、
分析のため、海底何千メートルから引き揚げられたそうです。
てまひまお金、かかってるんだな。

この失敗以降、日本のロケットは失敗してないそうです。

この他にも、JAXAには派閥みたいなものがあって・・・
という、子供の見学ではありえないような
開発者の人間模様を赤裸々に教えていただきました。
とても面白い解説を聞きながら
見て回ることができました。


続いての目的地、
名取市のサッポロビール工場に併設されている
ジンギスカン食べ放題のお店へ向かいます。


ビール工場がデーンと見える脇に、お店があります。
懇親会という名の、酒盛りです。


16時ころ入店なのに、満員のすっごい人でした。


ジンギスカンって、ほとんど食べた事ないのですが、
あぶら凄くて美味しかったです!


ビールもおいしかったです。
食べ過ぎ飲み過ぎで、途中から、
わけわからなくなっていましたね。

まだ明るいうちに、懇親会も終了となり
電車組のメンバーは、仙台駅へ帰ってきました。
すぐに、解散になるものかと思ったら、
「せっかく仙台七夕やってるから見ていこう!」
という事で、一緒に見ることにしました。



すっごい数の、吹き流しと言われる飾りが!
数百メートルに渡り飾られていて、圧巻です。


キャラ物もありました。仙台がモデルと言われている
ジョジョの吹き流しも。

ジョジョイベントで、仙台のローソンが、
オーソンに変わっていたので見学に行きました。


「LOWSON」が「OWSON」になっていました。
ファンには嬉しい楽しい事です。

店の中には、たくさんのOWSON関連グッズが売っていました。
値段が高かったので、どれも買いませんでしたが
見てる間だけでも、かなり売れていました。
すごい人気でした。


無料の記念のスタンプをもらってきました。
よいお土産ができました。

仲間たちと、かき氷を食べました。

なんだか、学生気分になりました。
こんな歳になっても、こんな事で喜べるんだって
仲間たちに、とても感謝しました。

そろそろ、解散か、、、と、思ったころ
「これから、家族とゴジラを見に行くんです」
という、上司と一緒に、なぜか映画館へ行く事に。

上司は、ご家族と一緒に。

この時に残っていた仲間は4人で、
上司とは別れて別のシートを取りました。



仲間4人並んで、最近できたばかりの新しい映画館で
シン・ゴジラを見ることに。
映画館で見るのは、アバター以来なような・・・。
何年かぶりの映画館でした。

シン・ゴジラ。
そんなに興味なっかたのですが、
気持ちよく観ることができました。

観終わったときには、すでに23時を回っていました。

仲間の一人と、帰宅方向の電車が同じだったので、
最後まで退屈せずに、帰ってきました。

この日は、たくさんの事がありすぎて
とても楽しい日であったし、
盛り込み過ぎた感もあった日でした。
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